同じ毎日に飽きてない?子供の好奇心に学ぶ「巡るエネルギー」
いつもリノアのブログをお読みいただき、ありがとうございます。
今回のテーマは、ハワイ語の「Mana.(生命のエネルギー、聖なる力)」。
「生命エネルギー」や「聖なる力」と聞くと、どこかスピリチュアルで、日常からかけ離れた難しいもののように感じるかもしれません。ですが、私が人生の中でこの「Mana」を最も強く、生々しく感じる対象がいます。
それは、新生児から未就学児あたりの、小さな子供たちです。
特に印象に残っているのは、自分の子供が言葉を少し話し始めた頃の記憶です。
毎日が、新しくて特別な「記念日」
その時期の子供は、毎日、毎時間のように話せる言葉が増えていきます。体もどんどん大きくなり、昨日までできなかったことが今日できるようになり、昨日まで知らなかった言葉を今日初めて楽しそうに話してくれます。
そんな我が子の姿を日々刻々と目の当たりにしながら、私は「昨日と今日は同じ一日ではないんだ」ということを痛烈に感じていました。
私たち大人は、何か特別なイベントでもない限り、昨日も今日も明日も「いつもの日常」としてやり過ごしてしまいがちです。しかし子供たちにとっては、毎日がまるで何かの記念日であるかのように新鮮で、爆発的な輝きに満ちています。あの空間全体をパッと明るくしてしまうような圧倒的な力こそ、まさに「Mana」そのものです。
大人を立ち止まらせるもの、子供を突き動かすもの
年齢を重ねるにつれて、私たちの細胞は少しずつ固くなり、生物としてのエネルギーが落ちやすくなっていくことは自然な仕組みであり、抗えない事実です。
しかし、大人の体と子供の「Mana」の間に生まれる決定的な差は、生物学的な年齢だけではありません。一番の差は、内側から湧き出る「好奇心」にあると私は考えています。
ここで言う好奇心とは、「結果を気にせずに、入り口を見つけたらとりあえず入ってみる心」のことです。
大人は、新しく興味をそそられる入り口を見つけても、つい「この奥はどうなっているだろう?」「損をしないかな?」「怖くないかな?」と頭で計算し、入る前に立ち止まってしまいます。その思考の力みが、エネルギーの巡りを滞らせ、体を内側から固くしてしまうのです。一方で子供たちは、「入ってみたいから、入ってみる。以上!」という純粋な態度で動いています。
あなたのなかの「Mana」を呼び覚ますために
結果を恐れず、ただ目の前の世界に飛び込んでいく。そのみずみずしい心の態度こそが、私たちの体に「Mana(生命エネルギー)」を巡らせる最高のスイッチです。
もし今、「毎日がなんとなく退屈だな」「体が重だるくてエネルギーが湧いてこないな」と感じているなら、それは年齢のせいと言うよりも、頭で考えすぎて心が省エネモードになっているからかもしれません。
リノアは、ただ硬くなった筋肉をほぐす場所ではありません。 施術を通して、頭でのコントロールや「失敗したらどうしよう」という緊張をフッと手放し、あなたが本来持っている子供のようなみずみずしい巡りを取り戻す場所です。
難しく考えず、「とりあえず体をスッキリさせに行ってみよう」という気軽な好奇心で、いつでもリノアの入り口をくぐってみてくださいね。
それでは、また次回のブログでお会いしましょう。
Mana.
(マナ)
意味:生命のエネルギー、聖なる力(Spiritual power and life energy)
